生産・経営情報部会

部会長:吉田智一、副部会長:佐藤正衛、幹事:寺元郁博


昨年度発表された統計(農林水産省統計情報部2002年1月)によるとパソコン保有農家は1年間に34%から53%,インターネット利用農家も12%から 33%と急速にのびている.しかし,一方でパソコンの農業への利用は高々10%に過ぎない.低迷の原因として,実際に現場で使えるアプリケーションやそのためのデータが不足していること,たとえあっても初心者や高齢者には使いにくく敷居が高いこと,農村地域のブロードバンド整備が遅れているためインターネットを介して大量情報を駆使できないことなどが上げられる.結局,ITによって安全で安心,高品質な農産物生産や供給を高収益・低コストで実現するという確信を農業者や関連する人々に与えるには至って無いというのが現実である.

生産・経営情報部会はこのような背景のもと,誰でも使いやすい農業生産・経営に関わるアプリケーション・システムやデータベース構築の研究開発や普及を推進すると共に,こうした情報システムが農業経営および地域社会に与える影響も解明する.

栽培方法,品種,気象や土壌条件,水環境、さらに市場条件といった経営環境など,農業者の個性や地域性に依存する農業は多様な要因が絡み合う複雑系であり,現場で実際に使えるシステムを考える上で,そのような多様な現場の情報収集は欠かせない.残念ながらこの重要な視点がこれまでのシステム開発に欠落していたことも,使えるアプリケーション充実の障害になってきている.その意味で,当部会はこの原点に立ち返って,いかに安くかつ気軽に生産から流通に至る現場情報収集を実現できるかということを当面の一つの目標に据えたい.実際,携帯電話を使った現場情報収集やフィールドサーバなど安価で革新的なモニタリングシステムの研究開発がこの流れを後押ししてくれている.このことは最近盛んに議論されている農産物のトレーサビリティ確立の基盤確保にも繋がっている.

さて,近頃ネットワークに繋がっているコンピュータのCPUやメモリ,さらにそれ上にあるデータやプログラムを効率よく連携させ有効利用するばかりでなく,それらの統合化によって単独では得られないような効果を得ることをねらったGRIDシステムという構想が盛んに語られている.農業生産・経営に関わる意思決定を支援するためにシステム構築をするには,その複雑な状況を背景にした多種多様なデータやプログラムを組み合わせることが必須となるが,その意味で GRID技術はこれからの農業情報システムを支える基幹技術となっていこう.すでに本誌にも多様な気象データベースを仮想的に統合するための仲介技術に関連する論文が報告されているが,本部会としてもデータやプログラムの利用効率や開発効率を向上しシステムを低コスト化するための切り札として農業GRID 構築を推進していきたい.

この他,その中で,還元論的なアプローチではなく事例を元に意思決定支援するシステム開発など既存の発想を逆転させた手法も積極的に推進していきたいと考えている.また,開発したシステムを実際の現場で試験運用し,システムの有効性や問題点を評価することも忘れてはならない.これに関連してシステム評価の方法論やシステム開発へのフィードバックに関する研究も重要となる.

さらに,本部会では,生産・経営・流通・消費にかかわる幅広い分野における情報システムの開発・普及が,農業経営,地域社会,流通・消費構造などにどの様な影響を及ぼすかを明らかにすることも大きなテーマである.例えば,Eコマースの普及が農業生産のあり方にどのような影響を及ぼし,プレシジョンファーミングの普及が農産物マーケティングにどのような可能性を付与するのか,こうした情報技術革新の影響を光と陰の両面から長期的な視点にたって明らかにすることも期待されている.

最後になったが,海外との連携も重視している.とくに,小規模営農,水稲作など欧米型とは異なる農業的背景を有するアジア諸国とは共有すべき知識や技術も多く密接な連携をはかっていきたい.その中でアジア特有の多様な文字・言語で記述されたデータやアプリケーションの相互利用を可能にするような多言語オントロジーや多言語機械翻訳サーバ開発なども大きな研究ターゲットになってくるであろう.AFITA(アジア農業情報技術連盟,http://www.afita.org/ )やAPAN(アジア太平洋高度ネットワーク協議会,http://www.apan.net )の農業ワーキンググループ(http://www.apan.net/wg/agriculture.php )などそのための基盤となる組織も整いつつある.